2009年8月20日木曜日

松濤創立60周年記念祝賀会の件

 夏らしい夏は来るのか、政治は良くなるのか、経済はどうなるのか。まだ、現役で働かされている私には、大変気になるところです。
 さて、本年松濤は60周年を迎えるそうです。今年五月に同窓会を開かなかったのも、学校の周年行事に合わせたようです。
 平成21年11月3日(祭)午後2時学校体育館で記念式典、同日午後5時より60周年記念実行委員会主催の祝賀会が、渋谷エクセルホテル東急にて開催されます。同窓会はこの祝賀会と合同で開催されるそうです。月末にはご案内が発送されるとのことでした。(但し、同窓会通信費を納めている方のみ)参加は自由だと思います。 我々の70歳のお祝いを皆で致しませんか。

小林 幹育

2009年7月24日金曜日

中国青海省の旅

こんにちわ!超級大老爺、小出です。中国青海省の放浪の旅から無事戻ってきました。

ウルムチでの暴動騒ぎ、青海省も同じウイグル族の天下、チョッとやばかったか!
大陸の北西部に位置する青海省は首都の西寧市が標高2300メートル、
花とチョウを追ってほっつき歩いた山岳地帯は4000メートルから4500メートル、大通山脈の一部にあるこの峠は高山植物と高山チョウの楽園でした。
特に、幻の青ともヒマラヤン・ブルーと言われる「青いケシ」は満開の時期、何千本、いや何万本有るのでしょうか!4300メートルのここでは路傍の雑草状態でした。
1本の真っ直ぐな道路が、遥か遠くに見えるアムネマチンの山に向かって100キロ以上も続き、数時間走っても景色が変わらない青蔵高原の広さには感激しました。

2009年6月27日土曜日

卓袱台返し

日本を離れて40年近くたちますが、ますます日本人になっています。私の感覚は小学校、中学校のときに培われたものを今でも一歩もでていません。その証拠として、インターネットで一寸した流行語などを見ても、その意味が即座に推察できます。一例は「卓袱台返し」のコンテストがあったという記事を見たとき、すぐに一昔前もらった週刊誌に出ていた漫画の主人公を思い出しました。やくざな男で、気が短く、「デェェーイ!」と食卓をひっくり返す。
 
また、ここのニュースなどで西欧諸国などの話も理解できるのは、小学校や、松涛中学の授業で日本語で習ったことに殆ど依存しています。
 
以上のことは、私が日本にいたときとは比べ物にならない、今の日本人の英語にたいするこだわりの是非を論じるとき、考慮すべき点ではないかと思います。
 
最近では、多くの若者が多額の費用を厭わず語学留学やワーホリで豪州に来たり、子供をここの小学校や中学に通わせるため、母親が夫を日本に残し保護者として来ている例が沢山あります。
 
松涛中学の時、英語は都立高校の入試科目でさえありませんでした。
 
しかし、人口一億を超える日本にとって、英語とはこのような犠牲を払うに値するものなのでしょうか。
 
私は人生の半分を日本、半分を豪州ですごしました。そして、日本で英語を勉強していたときに信じていたことが、ここに来て全く間違っていたと感じたことや、小学校英語論議を始め今の日本の英語教育論争について、思うことが多々あります。こんなことに興味があるかたが卒業生のなかにおられるかどうか、わかりませんが。
 
伊東宏

ある日の渋谷

津田國克です。汗かいてます。

或る日の渋谷

こんにちわ。津田國克です。

2009年6月25日木曜日

松涛で見に行った映画

近藤さんの挙げられた映画の中に、「砂漠の鼠」と言うのがありますが、私もそれを見に行った記憶があります。しかし、そのときはそれがオーストラリア人の兵隊さん達のものだという意識は全くありませんでした。勿論英語は全くわかりませんでしたし。しかし、オーストラリアに来て、ここで初めて「砂漠の鼠」の意味を知りました。また、英語を母国語としない私達にはあまり覚えても意味のない、ここ独特の表現(例えば、私の両親の東京弁の、「エレエ目にあった」のような)が、あの映画の中で使われているのをしりました。その一つに、ドイツの基地を爆破したコマンド隊が帰ってくるのを見た味方の兵士が「ストーン ザ クロウズ!(おったまげた)」と叫ぶところがあります。
 
これは日本では英語教師、豪州では日本語教師をしていた経験ですが、日本に留学した高校生が「ちかれたびー」「おばんです」「もうかりまっか?」などを面白半分教えられて帰って来たり、こちらに英語を勉強に来る日本人の女の子に「ズボンの(中の)ヘビ」とか「真鍮の猿(の金玉がちぎれる)ほど寒い」など、ドーデモいい事をおしえたがる人が沢山います。どっちもどっちです。
 
伊東宏

喉自慢「鐘一つ!」

松涛のころ、ラジオで喉自慢の番組をよく聞きました。その参加者の中にオペラのアリアを歌う人がよくいました。一番よく聞いたのは「ラ ボエーム」のなかのアリアです。「私の名はミミ!」「カーン!」といった具合です。
 
また、漫才などの中にも、昔の浅草オペラの出し物がよく使われました。例えば「フラ ディアボロ」というオペラの「岩にもたれた、ものすごい人は、鉄砲片手に、、、」というのや、ズッペの「恋はやさし、野辺の花よ、、、」などがよく聞かれました。その後、こうした音楽は日本では殆どきかれなくなりました。でもズッペの軽騎兵の序曲などは運動会などで使われていました。
 
オーストラリアに来て数年したとき、ラジオをつけたら、「フラ ディアボロ」を全曲やっていました。懐かしい旋律が聞こえてきました。
 
時々、ホームサイトで色々なオペラの筋書きを読んでみています。大抵つまらない!
 
伊東宏